そこにコツコツと足音が聞こえる。

「まだ生きていたのか。」

姿が見えないのにその声だけは、
鮮明に聞こえる。

それはSAPの本部から聞こえてきた。

後ろを振り向くと、
本部からローブを着た奴が一人で出てきた。

「鏡崎さん・・・・・・。」

俺が言葉を発する前に、
拓海が声を出した。

拓海の発せられた言葉は、
俺にではなくソイツを向けられていた。

俺も溜まらず声を出す。

「誰だ、アンタ。」

「お前が知る必要はない。それより拓海くん、
君が何故そこにいる。」

ソイツは未だにフードを被ったまま、
顔をだそうとはしない。

おまけに俺には全然関心が無いかのように、
拓海の方だけを向いている。

「電話で言った通りです。
貴方の力でこの事件の発端を消してもらいたくて来ました。」

「それは無理な話だと言っただろう。」

「貴方には出来るはずです。」

「俺はSAPの存在にかかわる事なら何でもする。
だがそれ以外に手を出すつもりはない。」

「口を挟んで悪いが、
どうにかしてもらわないとこっちが困るんだけど。」

「困るぐらいなら死ね。」

「ブチギレ。」

ダガーを持ち、全力で走って行く。
相手との距離は十メートル足らず。

その距離を一気につめ、
飛び真上からダガーを落とす。

死角とも思えたその攻撃をそいつは避ける事もせず、
両手で受け止めた。

俺はもう一本のダガーを、
相手の体に向かわせる。

相手の体に当たる前に、
俺のダガーはソイツのたった一撃の蹴りで見事に砕かれた。

その瞬間、ダガーを止めていたそいつの力が緩む。

俺はすぐさま後方に飛び、
距離をあける。

「話にもならんな。お前の動きでは俺は殺せないぞ。」

「随分な自信だな。」

「当然だろ。お前とは戦わなくても解かる。
お前が俺に勝てない事ぐらい。」

「その自信、俺が粉々に砕いてやるよ。」

「どうぞ、ご勝手に。」

俺はまた走り出し、
ソイツを目掛けダガーを振り下ろす。

つまり正面。

相手は自信満々でいる。
その天狗になった鼻を折るには一番の方向。

俺のこの太刀は、
相手の自信を無くす。=呆気無い死。

だからこの方向は変えられない。
この方向しかない。

ソイツはまた動くことなく、
その場に立ち尽くしている。

その行動がますます俺を苛つかせる。

振り下ろす手にも自然と力が入る。

しかしソイツはまたも両腕を上げ、
俺の攻撃を受け止めた。

俺がもう一本のダガーを走らせる前に、
ソイツのハイキックが俺の頭にヒットし、
俺はあっけなく吹っ飛ばされる。

でもそれだけでは終わらなかった。

ソイツは俺にハイキックを食らわせた後、
飛び、空中に飛ぶ俺をソイツは、
両手を合わせ、地面に叩きつける。

俺はボールのように飛び跳ね、
血を吐きながら、ようやく地面に倒れこむ。

状況を伝えるなら、まさに最悪。
肋骨は完全に折れているし、
呼吸もままならない。
付け加えてかるい全身打撲。

起き上がろうとしても、体が動こうともしない。
逆に動こうとすれば込み上げてくる血が俺の呼吸を困難にさせる。

今頃実感する。
天狗になっていたのは俺の方だと。

アイツは天狗になっていたんじゃない。
俺との差が歴然なだけだ。
経験。
思考。
状況。
すべてにおいて俺はアイツの下。
勝てる要素なんて一つも無い。

アイツは俺を見ただけで、それが解かっていた。
だから俺にあんな事を言ったんだ。

ソイツはゆっくりと俺に近づいてくる。
死に近づく音が靴音だなんてベタ過ぎる。

そう思いながらも、俺は起き上がる事も出来ず、
その場に寝そべったまま、ソイツが近づいてくるのを待っていた。

「もう終わりか。」

「・・・・・・・・・。」

「言葉もしゃべれないとは、かわいそうなヤツだ。
遺言ぐらい聞いてやろうと思っていたがしかたない。」

そう言い、ソイツは俺の体に力強く、
手を押し込む。

すると次第に意識が自然となくなっていく。
それはまさに死だった。

その瞬間に聞こえた銃声の音だけが、
俺の耳に届いた。



・・・・・・・・・意識・・・・・・・は無・・・・くな・・・・った。



@@@@@@



俺は光ちゃんを抱えたまま、
その光景をただ見るだけしか出来なかった。

仁くんは必死に戦っているのに、
いや、あれは足掻いているだけなんだろうが、
俺は腰から銃を抜く事さえ出来ずただ見ていた。

俺は自分がしないといけない事ぐらい解かっている。
それは腰から銃を抜き、鏡崎さんをしとめる。
でもそれが出来ない。

なぜなら俺はあの人の能力、戦闘、剣の腕前、性格、
すべてのことを知っているから。

俺は正直びびっている。
戦っているこの人に恐怖を覚えたあの日から。

それはまだ俺がSAPに入ったばっかりのとき、
鏡崎さんとペアを組んでいた。

初めて人を殺しに行った時、
俺はまだ十二歳。

それでもあの光景はまだ忘れられない。

人を殺すまでは簡単に事が運び帰ろうとしていると、
鏡崎さんは死んでいる人間の首を切り落とし、
眼に親指を突っ込んで、目ん玉を穿り出し、
耳を切り落とし、頭を半分に割り、
脳をそこら中にばら撒き、冷静な顔でまだ死体を睨み続ける。

あの顔を覚えている。
あの光景を覚えている。
鏡崎さんが戦っているところを見るたびに記憶のそこから蘇ってくる。

だから俺は何も出来ない。
銃を抜いて、援護する事すら出来ない。
ただ此処で見守るしか。

すると俺の横に誰かが立ち、
俺の腰から銃を抜き、発砲した。

銃声がなった瞬間、鏡崎さんは仁くんから手を離し、
仁くんと距離をあける。

俺の横にはいないはずの人物が立ち、
俺の銃を握っていた。

鏡崎さんがこちらを睨み、
微笑みながら、話しかける。

「翼、久びりだな。何しにきたんだ。」

「変装してんのに何で解かるんだよ。
まったくこれだから血が繋がってるのが嫌になる。」

その人物はそう言いながら、紺色のカツラを地面に落とす。
カツラの下からは綺麗な長髪の銀髪が出てくる。

「翼。」

「久びりだな、拓海。
お前は会った頃と全然変わってないんだな。
手、足が震えてるぞ。」

「ありがとう。お前が来てくれたお陰で、
すごい冷静になれたよ。」

「勝手に言ってろ。」

彼はそう言いながらサングラスを外し、
俺に渡してくる。

@

山崎 翼(鏡崎 翼)

銀髪の髪で長髪。目の色は蒼。
手には黒の指輪をはている。

菅山翔太の本当の姿。
カツラとグラサンで顔と髪を隠していた。
隠していた理由は仁に、
身内がいる事を知られたくなかったから。

@

「拓海、仁は死んだのか。」

「解からない。
でも鏡崎さんに触れられたから危ない状況だと思う。」

「そうか。じゃ頼んだぞ。
アイツは俺が殺すから。」

「・・・・・・解かった。」

「そろそろ始めるか。」

「親を殺すか・・・・・・・・。
実にお前らしい。」

「親。笑わせてくれるぜ。
俺はお前を一度だって親だと思った事は無いけどな。」

「そう言うところがお前らしい。始めるか。」

「拓海、もう一丁、銃貸せ。」

「・・・・・あぁ。」

「悪いな。」

「・・・・良いよ。」

翼は笑いながら、鏡崎さんに向かっていく。
鏡崎さんはローブの内にしまっていた双剣を出し、
翼に向かい走り出す。

翼は銃を撃たず、
そのまま銃をナイフのように相手にぶつけに行く。

鏡崎さんはそれを双剣で受け止め、
切り替えし、双剣で切りかかる。

翼は銃で受け止め、
押し返す。

鏡崎さんは、押しかえされながらも、
翼にもう一撃、双剣によるクロスされた攻撃を仕掛ける。

翼はそれの攻撃を掻い潜り、
接近して銃を放つ。

それを紙一重でかわし、
距離をあける。

鏡崎さんのフードが自然と、
めくれる。

@

鏡崎 秦

翼の父であると同時に仁くんの父でもある。
つまり、翼と仁くんは兄弟。
その父がこの人である。
長髪の白髪。目の色は右が黒で左が蒼。

SAPのために人生をささげてきた人物。
子供が生まれても、育てる事をしなかった。
だから、自分の子供に関心がない。
ついでに世の中のことにも関心がなく、
自分のことだけを考えている。
妻を殺した張本人でもある。

@

「何年ぶりだろうな。
その顔を拝むのは。」

「さぁな。」

二人はまた互いに走り出す。
鏡崎さんは一定の距離まで近づくと双剣を繰り出した。

それはまさに剣舞。
幾通りにも繰り出される剣戟。

それを翼は銃本来の使い方をせず、
まるでそれが鏡崎さんと同じ双剣であるかの様に剣戟を防いでいる。

二人の間には剣と銃とがぶつかる音だけが響いていた。

何度もぶつかり合う剣と銃。
その激闘に俺の眼は釘付けにされた。

どちらとも一歩も引かず、
互いにぶつかり合う。

そのぶつかり合う剣と銃はまさに秒速。
まだ三分ぐらいしかたっていないのにすで二百近くも剣戟が聞こえる。

どちらも怯むことなく、互いに急所を狙い出される一撃は、
ぶつけようとしなくても自然に引きあう。

その衝撃は尋常じゃないはず。
そんな事もお構いなしにぶつけ合う。

見ているこっちがつばを飲んでしまうほどの剣戟。
一つミスれば、互いに死にそうなまでの勢い。

想像も出来ない剣戟の数が眼の前で、
繰り広げられている。

すると鏡崎さんが剣を振らず、
急に手を休め、かわしながら、隙を見て距離をあけた。

翼は離れた瞬間に、銃を乱射する。
それは俺が放つ銃弾より早い。

俺が使い慣れてるあの銃の弾が見えないぐらい。
鏡崎さんは離れながらも、双剣で銃弾を弾き飛ばし、
距離をあけようとする。

すると翼の放つ銃弾が止まる。
弾切れだ。俺より早く銃弾を放ちすぎたためその切れるスピードも速い。

鏡崎さんはそのまま距離をあけたまま、
動かない。

自分の双剣を見つめ、
そのままの状態でいる。

翼が持っていた銃を俺に投げる。

「拓海、弾切れだ。
弾を込めてくれ。」

「・・・・・解かった。」

俺は焦りながら、
銃に銃弾を込めていく。

鏡崎さんは持っていた、双剣を地面に捨て、
ローブの内から再び、新しい双剣を出す。

翼は仁くんに駆け寄り、
ベルトに刺さるナイフを二本手に取った。

「拓海、ゆっくりで良いから、
早く銃に弾込めろ。」

「どっちなんだよ。」

「ほんじゃ出来るだけ早く。
このナイフじゃいつまで持つかわからん。」

「解かった。」

何発か地面に落としながらも、
銃に弾を込める。

鏡崎さんはそんな俺を待つ事もせず、
翼に襲い掛かる。

でもさすが翼。

繰り出される一撃を見事に弾き返し、
追い込みに行く。

でも鏡崎さんも負けていない。

その反撃を受け止め、
次の一撃を繰り出していく。

さっきとまったく同じ状況が出来る。

剣戟の衝突。

しかし、銃の重さがなくなったせいか、
翼の繰り出す連撃の方が少し早い。

でもそれが状況を変え始めている。
重さがなくなった分、翼が不利かと思っていたが、
心配は無かった。

翼の連撃に重さがなくなったとは言え、
繰り出されるナイフのスピードは速くなっている。

そこに重さなんて必要ない。
一撃当たれば、確実に有利になる。

そこに重さは必要ない。
必要なのは相手よりも速い剣勢。

鏡崎さんもいつの間にか、
翼の連撃を受け止める側に回っている。

そうしないと確実にやられる。

それにあれだけの連撃を繰り出しているにもかかわらず、
翼の剣勢は落ちていない。

何度も同じスピードの剣戟が鏡崎さんに襲い掛かる。

次第に翼のナイフが当たり始める。
腕に当たるが傷は浅い。

しかし傷はどんどん急所に近づいていく。

すると翼が突然攻撃をやめ、
鏡崎さんと距離をあける。

「拓海、銃よこせ。」

「あぁ。」

翼に向かい銃を投げる。
翼はその場にナイフを捨て、
再び銃を握る。

翼は銃を構え、鏡崎さんに向かい
銃弾を放つ。

その後すぐに、走り出し、
自分で開けた間合いを一気に詰める。

鏡崎さんは双剣で銃弾を弾き飛ばし、
翼が向かって来るのを構えて待っている。

翼が飛び上がり、
鏡崎さんの頭上から銃を叩き落す。

鏡崎さんは受けるが、
そのまま流し、銃をかわしながらも翼の頭に双剣を向かわせる。

翼はそれを片手の銃で受け止め、
地面に刺さる銃を抜き、発砲する。

それを首だけ動かしてかわし、
双剣に力を入れる。

かわしたと思われた銃弾だが、
鏡崎さんの頬から血がたれる。

翼は撃った銃を合わせにいき、
双剣を弾き返す。

弾き返されながらも、鏡崎さんは、
一度、上に上がった手を振り下ろし、
翼を押しこむ。

翼は顔を歪めながらも、
その双剣を受け止め持ちこたえている。

二人に休む暇はない。
気を抜けば、その瞬間に殺される。
二人にも体力というものが在るはずなのに、
一向にその限界が見えない。

二人は今も剣と銃をぶつけ合っている。
すると翼は力をふっと抜き、
鏡崎さんの体勢がかるく崩れる。

そこに翼は銃を抜け、放つ。

鏡崎さんは双剣を手元に寄せ、
銃弾を弾く。

そこに翼は、前蹴りを出す。

鏡崎さんは、剣越しにけりがあたり、
後ろに下がる。

翼はまだ手を抜かない。
後ろに下がった鏡崎さんに、
銃に込められた残りの弾をすべて高速で放つ。

鏡崎さんも銃弾を弾き飛ばしているが、
三発が体を掠り、右足、左足、腕、から血が出てきている。

すると翼は大きく深呼吸し、
俺の銃を投げ捨てた。

「これじゃ、いつまでたっても終わらん。
俺にもこの後、用事がある。速いとこけりをつけよう。」

「それなら何故、銃を捨てる。」

「すでの方がアンタを殺した時の快感が大きいからだよ。」

「なるほどな。お前にとっては今のはただの前座というわけか。」

「解かってるじゃん。アンタもそろそろ剣、変えた方が良いぜ。」

「お前は俺の剣の刃こぼれまで見てたというわけか。」

「お互い様だろう。
アンタだって十分に俺の銃弾の早さについてきてたんだから。」

「では、言われた通りにするとしよう。
これが六剣最後の双剣だ。」

そう言いながら、持っていた剣を捨て、
最後だと思われる双剣を手にする。

「じゃ、死ねよ。」

そう言い放つと翼はさっきまでの走る速さより早く走り、
鏡崎さんに向かっていく。

「そう、うまくはいかないさ。」

鏡崎さんはそう言いながら、
剣を構える。

翼は鏡崎さんの前まで行くと、飛び、
回し蹴り送り出す。

鏡崎さんは双剣をクロスさせ、
それを受け止め、弾き返す。

双剣を振りかぶろうとするが、
そこに翼の蹴りが飛んでくる。

翼の足はまるで鞭のようにやわらかく、
その足で次々に蹴りを繰り出していく。

どう見たって鏡崎さんの方が有利なはずなのに、
蹴りを防ぐ鏡崎さんの方が逆に追い込まれている。

翼の蹴りは止まらない。
どっかで止めなければ止まる事を知らないのだろう。
何回、何十回、何百回と蹴りの数は増えていく。

すると鏡崎さんは受け止めた足を弾き返し、
その足に切りかかる。

しかしそこに翼の蹴りが飛ぶ。

両者玉砕。

鏡崎さんは翼の足を軽くだが斬った。
翼は鏡崎さんの顔面にけりを入れた。

鏡崎さんの方は飛ばされるが、
地面を擦りながらも、なんとか立っている。

翼も足から血が出ているがその場に立っている。
二人は睨み合う。

翼は走り、鏡崎さんへと向かう。
鏡崎さんは再び剣を構える。

さっきと同じ展開だ。
このままじゃ確実に翼がやられる。

しかし状況はちがった。
翼が鏡崎さんの前まで行き、いきなりしゃがみ込み言い放つ。

「月脚。」

その蹴りはしゃがみ込んだ状態から立ち上がる勢いも合わせた、
下から上を狙う右蹴り。

鏡崎さんは反応しきれずもろに食らう。
それもそのはず。
その蹴りだされる足の速さは眼で追えない。
まさに神速である。

まだ続く。

「水平脚。」

今度は右で蹴った人間が飛ばないように左からの腹部を曲げるぐらいの
左蹴り。

まだ続く。

「草脚。」

次は足元をなぎ払うように蹴る。

まだ。

「死脚。」

体勢をボロボロにくずした最後の止め。
それは真っ直ぐに心臓を外から狙う蹴り。

鏡崎さんはそのまま壁に吹っ飛ばされ、
壁に突き刺さる。

壁が崩れ、どうなったか解からない。
しかし翼は壁の方を睨み立ち尽くしている。

翼が声を上げる。

「早く出て来い。時間がないんだよ。」

すると崩れた壁のところから剣が飛んでくる。
翼は軽く体を動かしかわす。

瓦礫から鏡崎さんがゆっくりと出てくる。

口からは血が出て、
足が逆に曲がっていた。

歩くたびに口から血を吐いている。

「もう終わりだな。」

翼がそう告げ、
鏡崎さんに止めを刺しに行く。

翼は立ち尽くす鏡崎さんの前で止まり、
手を合わせ両手を高々と上げる。

「・・・バカめ・・・・。」

そう鏡崎さんが呟き、
翼に手を伸ばした。

鏡崎さんの能力。
それは心停。
相手の心臓の動きを止める能力。

しかし翼はにやりと笑い、
高々と上げた手を思いっきり振り下ろす。

鏡崎さんはそのまま地面に叩きつけられ、
血を吐き、動かなくなった。

翼は落ちていた双剣の一本を手にとり、
鏡崎さんに突き刺す。

声も出ず、死んでしまった。

翼は鏡崎さんに向かい言い放った。

「俺もSAPの人間だったことを忘れんなよ。」

翼の能力。
それは反射。
相手の使った能力をそのまま相手に返す。
例外中の例外の能力。

翼は俺の方へ歩み寄ってくる。

「拓海、弟を頼んだぞ。」

そう言い翼は歩き出す。

「どこ行くんだ。」

「彼女の家だよ。家近いし、そこで休むわ。
これ以上は俺も動けそうにないから。」

翼の能力、反射。
例外中の例外の能力。
それだけに自分にかかる負担があり、
その負担は命を削る。

だから、こうして歩いていけるはずがないのに、
ゆっくりとだが確実に歩いている。

翼は翼なりにきついのかもしれない。
翼の背中が消えるまでその背中を見送った。


翼の背中が消えるまでその背中に礼を何回もし見送った。
すると近くから俺を呼ぶ弱弱しい声が聞こえた。

「・・・・拓海さん。」

それは俺の傍で寝ていた光ちゃんの声だった。
光ちゃんは微かに眼を開け、俺の方を見ていた。
光ちゃんに駆け寄り、体を軽く起してあげる。

「大丈夫かい。」

「まだ、体が動かないけど意識だけはちゃんとあります。」

「そう。よかった。」

「仁君は。」

「光ちゃんはそこで寝てて。」

光ちゃんから離れ、仁くんの元に駆け寄る。

仁くんは青ざめた顔で眠っている。
もう起きる事がないかのように。

急いで脈をとるが、脈がない。
心臓に手を当てるが、心臓が動いていない。

すぐに手を重ね、鳩尾辺りに手を押し当て、
心臓マッサージを始めるが、反応はない。

とりあえず、本部に運ぶしかない。
あそこなら器具がすべて揃っている。

それにもう心臓を直接マッサージするしかない。
俺の長年の経験がそう俺を促した。

仁くんをそのまま寝かせ、
光ちゃんのもとに行く。

「動ける。」

「少しなら。」

「本部の中に入るから付いて来て。」

「解かりました。」

光ちゃんは体を起こす。
俺はその様子を見て、仁くんの元に走って行く。
すると後ろでバタっと音がした。
振り向くと、光ちゃんは倒れて、必死に立とうとしていた。

「無理なら此処にいても良いよ。」

「大丈夫です。行きます。」

光ちゃんは膝に手を付きながら、
立ち上がり、必死についてくる。

俺は仁くんを抱え、本部に向かっていく。
一階のドアを蹴破り中に入る。

部屋は暗く、どうなっているのか解からない。
とりあえず、仁くんを足元に寝かし、
電気のスイッチを探す。

壁づたいに手を伸ばしていくと、
簡単にスイッチに手が当たった。

電気をつける。
そこには予想どおり、器具がすべて揃っていた。

仁くんを抱え、部屋の中心にあるベットに寝かし、
光ちゃんのもとに行く。

そこには倒れながらも、ここに入ろうとする光ちゃんがいた。
肩を貸し中に入れソファーに座らす。

ドアを閉め、さっそく準備に取り掛かる。

まずローブを脱いで、手術用の服を着る。
次に手を洗い、上からゴム手袋をはめる。

戸棚から手術用具と
その横に並んでいた血液と点滴を取り出す。

それを手術台に載せ、
部屋の端っこに置かれた酸素ボンベを運ぶ。

最初に酸素ボンベを仁くんにつけ、
仁くんの両腕に注射を刺し、点滴と血液を流す。

手術といってもやろうとしていることは簡単。
仁くんの胸を開き、直接心臓に握り、
マッサージをする。

仁くんの体からはそれほど出血している所はない。
だから心臓さえ動けば何とかなる。

メスを握り、手術を始める。
胸を十センチぐらい開く。

胸を開き中を覗いた瞬間に、肋骨が折れている事が解かった。
しかし今は心臓を動かす方が先だ。

幸い、肋骨は肺に刺さっていなかった。

それを置いておき、中を開いていき、
心臓を見つけた。

その心臓は一ミリだって動いていない。

そこから慎重に仁くんの体に手をいれ、
心臓を揉む。


慎重に。慎重に。


慎重に。慎重に。


すると微弱だが動き出した。
かすかにだが呼吸もしている。

すぐに胸を縫い合わせ、閉じる。
後は仁くんの生きようとする意志がすべて。
体に付いた血を拭き取り、手術を終了した。

俺は黙り込んでみていた光ちゃんの横に座る。
すると光ちゃんは仁くんを見ながら聞いてきた。

「もう大丈夫なんですか。」

「まだ大丈夫じゃないけど後は仁くんしだいだね。」

二人でその様子を見守る。



@@@@@



何も・・・・・・・・・・・・・・・言えない。



何も・・・・・・・・・・・・・・・聞けない。



何も・・・・・・・・・・・・・・・見えない。



何も・・・・・・・・・・・・・・・触れない。
 


何も・・・・・・・・・・・・・・・。


これが死なんだ。


この何もない感覚が死なんだ。


初めて味わうこの感覚が死なんだ。


この気持ちが良い感覚が死なんだ。


何も考えなくても良い。


何もしなくても良い。


このまま此処にいたい。


もういいや。


このままでいいや。


もうどうでもいいや。


                            本当に良いのか。


誰だ。何も聞こえないはずなのに。


                         それで本当に良いのか。


いいんだよ。


                               本当にか。


ひつこいんだよ。



                         じゃお前はハトだな。



意味わかんねぇ。


                            ハト。ハト。


うるさいよ。


                             お前は俺だ。


マジで意味がわかんねぇ。


                   お前は俺だ。死ぬ事は許されない。


人の勝手だろうが。


               殺す事は許されても死ぬことは許されない。



ほっといてくれ。


                    お前はまだ死ねない。速すぎる。


うぜぇ。


                      死ねないんだよ、お前は。


殺す。


                           せいぜい生きろ。


コロス。


                    はははははははははははははは。




@@@@@@



意識が徐々に戻り、
ゆっくりと瞼を開ける。

全身に痛みがあるがどうやらまだ生きているらしい。
逆に言えば、痛みがあったからこそ生きている事が実感できた。

ここがどこだかわからないが、
まだこの世界に存在している事だけはわかる。

口にはいつの間にか、
酸素ボンベのマスクが付けられていた。

心臓の辺りにも妙な違和感がある。

顔を横に向けると、
そこにはソファーに座りながら寝ている拓海と七倉がいる。

「・・・・拓・・・・海・・・・七・・・・倉。」

二人を呼んでみるが、声は小さくうまくしゃべれない。
すると拓海よりはやく七倉が気づき、立ち上がり、
俺の駆け寄ってきた。

「大丈夫。」

本当に心配そうな顔で俺を見てくれている。
何も言わず頷く。

「生きてるみたいだね。」

拓海はようやく眼が覚めた、みたいな感じで、
俺の顔を覗き込んでいる。
拓海の問いにも無言で頷く。

「とりあえず動かない方が良いよ。
肋骨は数本折れてるし、全身に打撲。
五ヶ月はじっとしとかないと。」

自分でもそれくらいは休まないと思う自覚はあった。
それにしてもよく生きていたと自分で思う。

「拓海・・・これ・・・はずしてくれ。」

俺はマスクを指差す。
別にしゃべるのに差し支えはしなかったが、
自分で呼吸が出来る以上、呼吸ぐらいは自分でしたかった。

「解かった。」

拓海がゆっくりとマスクを取る。
俺は取られてから数秒して、大きく深呼吸した。

「大丈夫みたいだね。」

大きく深呼吸した俺の顔を見て、
安心したように言う。

「なんとかな。」

七倉がそこにさらに心配した顔を向けてくる。

「本当に大丈夫。」

「七倉、お前には言われたくないよ。
お前こそ大丈夫なのか。」

「うん、もうすっかりましになった。
仁君が寝てる間に、点滴も撃ってもらったし。」

「そうか。」

七倉は本当に元気そうな顔をしている。
そうだ。俺がやられた後どうなったんだ。

「拓海、アイツはどうなった。」

「アイツ。鏡崎さん。」

「そう。もしかして拓海が殺したのか。」

「いや、翼が殺したよ。」

「翼って誰だよ。」

ここから俺が倒れてからのことを拓海は、
たんたんと語ってくれた。

兄貴がいたこと。
それが翔太さんだったこと。
俺を重症にさしたあいつが実の父であったこと。
兄貴と親父が戦い、親父が死んだこと。

「そうだったのか。何か信じられないな。」

「ごめん。今まで黙っていて。」

「いいよ。知っていたところで結果は変わらなかっただろうしな。」

本当は複雑だった。
気持ちはめちゃくちゃ。
どう表現して良いのか解からない気分。
過ぎた事は変えられないし、仕方がないとすますしかなかった。

それに此処まできてもう迷ってる暇もない。
最後まで行くだけだ。

「拓海、あとSAPの人間は何人いる。」

「あと一人だと思うよ、森 清子、俺の母親。」

「マジかよ。」

「本当ですか。」

正直、信じられない。
さっきは俺の父親で今度は拓海の母親。
拓海は顔を下げながら、言う。

「あぁ、SAPのトップは俺の母親。」

「そうだったのか。」

「別にいいよ。」

「何がだよ。」

「殺しても。」

「何でだよ。」

「こんな事になったのはあいつのせいだし。
俺を殺そうともしてるしね。」

なんでそんな事が言える。
どんな人でも母親だ。自分を生んでくれた人なのに。
でも、俺にはそんな事言えない。
俺はその人を殺そうと思っているから。

ベットから降り、
下を向く拓海の後ろに廻る。

「拓海悪いな。」

そう言い、拓海の首筋を叩き、
気絶させた。

七倉は驚いた顔をしたまま、
俺を見ている。

「七倉も此処にいろ。
俺はちょっと行ってくる。」

「そんな体で無理だよ。」

「俺は俺の邪魔をするヤツを生かしておきたくわない。
だから消しにいく。俺の決めたルールだしな。」

「そんなの今じゃなくても出来るよ。」

「今じゃなきゃ自分のルールを守る事ができない。
今このときでないとダメなんだ。」

「どうして。」

「今しか自分のルールを守る余裕がないからだよ。」

そう人は自分の中のルールを余裕があるときにしか守れない。
自分の中のルールじゃなくたってそれを守るときには、
余裕があるときにしか守らない。

だから今の俺にはそれを守る理由がある。
でも日がたつとそんな事忘れてしまう。
決まり何てそんなもんだから。

「じゃ私も行く。」

「おい、これは俺のルールだぞ。
お前には関係ない話だろう。」

「私のルールは仁君と一緒に帰ることだから。」

「なら、勝手にしろ。」

「それに肩を貸してもらったお返しまだしてないし。」

「その代わり、俺が手を貸してくれって言うまで、
手出しすんなよ。」

「それは約束できない。」

「どうして。」

「そんなの状況によって違うから。」

「じゃ、もう好きにやってくれ。」

「うん、そうする。」

二人で階段に向かい歩き出す。
歩くだけで、あっちこっちに痛みが走る。
倒れそうになる体を何とか持ちこたえ必死に歩く。
階段を上り、2階に行く。

二階に上がった最初のフロアに、
ローブを着た十二、三の子供が,
部屋の中央に立っていた。